走りにくい道
2014-09-11 12:41 ucan 作成2022-12-11 11:23 更新
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旧東海道浜松まで四日市から、帰りは渥美半島一周 2014年7月19日~ 21日 
旧東海道は熱田神宮から桑名までは舟で渡った。熱田と伊勢を分断する荒れる木曽三川に渡る橋はなかった。江戸時代に自動車、電車、飛行機、まして自転車さえも勿論なかった。旅する手立ては人の足か、籠か、馬か、牛か、舟か、想像するに大変さが思いやられる。運動靴だってない。足袋と草履、何足穿き潰したのだろう。道路だって舗装されている訳ない。橋だって架かっていない所が多かった。衛生状況だって悪かった。碌な水も、冷蔵庫もない。上下水設備だって整ってはいない。天気予報だってない。その中、何日も旅をしなければならない。金の工面、食べ物、水の調達、暑い日もあれば寒い日もある。服はどうしていたのか?基本歩きなので自分で運べる荷物は限られる。余程体が丈夫でなければ参ってしまったに違いない。疲れたからと言って途中下車できない。往復自分の体が頼り。東海道五十三次と簡単に今の人は言えるが、当時は最低2週間は必要で、更に雨が降れば川が渡れない。コインランドリーだってないのだから。洗濯して干してなんてやってたら数日また取られる。洗濯できなければ不衛生極まりない。途中病気でもなったら更に何日も余計にかかってくる。私は今の時代に生まれて良かった。少なくとも自転車はある。サドルに座りながら旅ができる。今回熱田から浜松まで12の宿場を1日で駆け抜けた。
2022-11-20 18:46 作成