自転車ツーキニストで有名な、疋田智さんの新しい本が朝日新書から出ました。
タイトルは、「自転車の安全鉄則」。自転車の楽しみ方については全く書いていなくて、ただひたすら現状の自転車の交通規則や道路の作りの問題点を指摘し、どうしていくべきかについて書いた本です。
かなり固い内容の本なのですが、あえて強くお勧めします。特に行政などで自転車政策に係わる方には必ず読んでいただきたい本です。
このブログでもよく取り上げていますが、今の日本の自転車利用環境は問題だらけです。最近は国土交通省や地方自治体でも「自転車を活かしたまちづくり」ということが良く言われるようになりましたが、自転車政策を考える人自体があまりにも自転車に関する知識がなく、無意味な政策や、全く逆効果の政策が全国あちらこちらで行われています。
疋田さんが書かれていることとほぼ同じく、自転車が使いやすい街をつくるには次の点をまず踏まえなければならないと私自身も思っています。
・自転車は原則車道の左側を走る。歩道は歩行者や車いす、ベビーカーなど交通弱者のためのもの
・今のママチャリではなく、クルマの代わりになるようなスポーツ車を基準に考える
・クルマの領域を自転車の領域に変える
疋田さんが書かれていることには、私もほぼ100%賛同します。
2002年に出版された疋田さんの2冊目の著書「自転車生活の愉しみ」の頃から、私も以前から感じていた日本の自転車の問題点を、私なんかよりずっと詳しい知識と、優れた文章力で表現してくれたのが疋田さんだったのです。
考えていることはほぼ同じなのだけれども、私には疋田さんほどの文章力や情報収集力がなかったことを少し悔しく思っています。
「自転車の安全鉄則」、安い本ですし、ぜひ買って読んでいただきたいと思います。
先日、滋賀県長浜市で開催された、びわ湖環境ビジネスメッセを見に行ってきました。
環境関連の展示会ということで、会場の長浜ドーム前で彦根市で走っているベロタクシーとともに、彦根リキシャの初お披露目と試乗会が行われました。
彦根リキシャというのは、「日本にふさわしいベロタクシーを作ろう」というのを目標に、ひこね自転車生活をすすめる会やその他有志の方のグループで制作を進めてこられたものです。
おみこし制作の技術を使って、お客さんを乗せる部分は木製に銅ぶき屋根と純和風です。畳が敷かれて木の部分は漆塗りと、昔の篭を自転車で引っぱっているようなイメージです。着物を着たお姫様が乗ったら似合いそうな感じです。
木製にするとどうしても重くなってしまうので、屋根の部分は桐材をつかうなど軽くするためにいろいろと工夫されたそうです。
ちゃんと営業運転に使える仕様になっていて、今後イベント時などから使い始めて、将来は常時営業運転をめざし、台数も増やしていきたいとのことです。
試しに運転させてもらったところ、カーブを曲がってから再び直進するときに、引っぱっている自転車の車体を、傾いているのと反対の方向に意識して体重をかけて戻すようにしないと、自転車の車体が傾いたままになってしまいます。
けれども、これもすぐ慣れる程度のものなので、運転は特に難しくはありません。
京都の観光地などでは人力車が人気ですが、こんな純和風のベロタクシーもおもしろいんじゃないでしょうか?
今の日本で自転車に関して一番変えていかなければならないことは、駐輪場や自転車レーンなどのハードウエアの整備と共に、人びとの自転車に対する意識です。
今の日本では、1万円もしないような安い自転車が主流で、それが使い捨てのように使われています。それを、いい自転車を長く大切に使うように変えていく必要があります。
自分が愛着を持って乗っている自転車ならどこでも平気で停めたりできませんし、いい自転車は車体も軽くスピードも出て長い距離を走れます。ある程度の長距離を走れるようになることで、これまでクルマを使っていた所が自転車で行けるようになり、クルマを自転車に代えることができるのです。
そのためには、レンタサイクルは安物の重たいママチャリではなく、借りた人に「実は自転車ってこんなに楽で、スピードも出て遠くまで行けるものなんだ、そしてなんと言っても楽しいものなんだ」ということを味わってもらえるものでなければなりません。そうして自転車の本当の良さを知った人が、自分でいい自転車を買って普段でも乗るようになるのです。
また、いい自転車を使うことで、自転車のイメージアップにもなります。
最近はだいぶイメージが変わってきましたが、これまで自転車というと主婦が買い物などに使うもの、お金がないから乗るもの、庶民的なもの、というイメージでした。多くの人に使ってもらうためには「自転車に乗ることがおしゃれでかっこいい」というイメージが必要です。
クルマがここまで普及したのには、単にクルマが便利だというだけでなく、自動車メーカーがコマーシャルで「クルマに乗ることがステータス」「クルマを使うことが家族の幸せ」などのイメージを植え付けることに成功したからというのが大きな原因じゃないでしょうか?
それと同じ事をこんどは自転車でしなければならないのです。
ですから、今、日本のレンタサイクルに一番必要なことは「いい自転車を使うこと」「自転車に乗ることがかっこいい」というイメージを出すことなのです。
京都では最近、KCTP(京都サイクリングツアープロジェクト)がきっかけとなって、おしゃれな自転車を貸し出すレンタサイクル店が増えています。
例えばこんなレンタサイクルだったら、誰でも乗ってみたいと思うんじゃないでしょうか?
http://passione-kyoto.jp/gallery.html
昨年(2007年)の7月、パリで公共のレンタサイクル、velib’(ヴェリブ)が始まりました(写真)。
パリ市内に1000程のステーションを設け、1万5000台のレンタサイクルを配置するという大々的なものです。利用料金も安く気軽に使えるので人気を集めていますし、置き場所に設ける広告費で民間企業が運営するというシステムも注目を集めています。
最近、パリでは自転車道の整備もめざましく進んでいるようで、これまではヨーロッパでは自転車後進国だったフランスも大きく変わりつつあるようです。
このvelib’を東京や京都でも導入しようという計画が動き始めているようです。
一見すばらしいシステムに思えるのですが、私はこれを日本に導入することはかなり問題があると思っています。
パリと日本とでは自転車に関する状況が全く違います。
まず、フランスでは今でも自転車に乗る人は日本よりずっと少ないということ。また、ヨーロッパで自転車というと普通トレッキングバイクと呼ばれるクロスバイクに荷台や泥よけを付けてさらに実用的にしたようなタイプの自転車が主流で、日本のようないわゆる「ママチャリ」がほとんど存在せず、値段も高くていいものが主流であること。車道の右側を走るということをはじめ、自転車マナーがしっかりしていて、日本のように歩道を走ったり車道を逆走する人はほとんど存在しないことなどです。
ですから、まずはレンタサイクルで、これまで自転車に乗ったことがなかった人たちに乗ってもらい、自転車の良さを知ってもらうということは十分に意味のあることなのです。また、velib’は重さが20キロほどあり変速機もないなど、言ってみればヨーロッパ版ママチャリなのですが、これも自転車に乗ったことがない人を対象にすることを考えれば納得のいくものです。重いのは壊されないように丈夫に作ってあるためのようです。
日本には既に安い「ママチャリ」があふれていて、そのことが様々な問題を引き起こしています。
1万円もしない安い「ママチャリ」を使い捨て感覚で使い、マナーも守らないし、安いものだからその辺に停めても平気で盗られたらまた買えばよいと思っている、また、安い自転車だと重たくてスピードも出ないから自転車というものはしょせんその程度のものだと思われて、自転車を使う範囲が非常に狭くなってしまっている、等々。
結局自転車というものがそんなものになってしまっている状況こそが、今の日本で自転車の本当の活用を妨げている一番大きな原因なのです。
velib’が日本で導入されたら、さらに自転車が安くていいかげんで、短い距離だけで利用されるものという意識を広めることになってしまいます。
また、velib’を借りて、自分の行きたいところの近くにステーションがなかったら、ちゃんと駐輪場に停める人がどれだけいるでしょうか? パンクしたときにちゃんとステーションに戻したり、自転車店で修理してもらう人がどれだけいるでしょうか?
さてそれでは、日本ではレンタサイクルはどうあるべきなのでしょうか?
次回はそれを考えていきます。
10月18日(土)、19日(日)に大阪市、鶴見緑地の大阪市立環境学習センターであったECO縁日2008に出展してきました。
ワークショップの時間が午後1時と3時からとなっていたので、1時までに行けばいいものだと思って18日は12時半頃行ったら、「他の方は11時に来られてますよ」と言われてしまいました。
会場は午前11時から午後4時半までで、実際にはワークショップの時間が決まっていると言ってもほとんど意味がなく、見に来られる方は自由な時間に来られて、適当に人が来たら説明するという形式でした。決まった時間で「さあこれから始めますよー」というのを想像していたのでちょっと勝手が違ってしまいました。
会場では、大阪市立環境学習センター(生き生き地球館)前に、テントを立てて、いろいろなNPOや企業、個人がエコに関する思い思いのブースを出していました。
2日とも暑いくらいのすごくいい天気で、鶴見緑地はかなりの人出で、私のテントの前にも割と次々人が来てくれます。
内容は、自転車を快適に乗るための基本は、タイヤにちゃんと空気を入れること、チェーンに油を差すこと、ブレーキの調整など基本的なことから、あまりに安すぎる自転車は安全上問題、スポーツ自転車は楽ですよ、そして簡単にヨーロッパのまちづくりについて触れるところまで話をさせていただきました。自転車で来られている方には、「自転車の点検をしますよ」と声をかけて、適切な空気圧や油のさし方、サドルの高さなどについて説明させていただきました。
予想通り、こういった基本的なことでも知る機会が少ないようで、「油ってどこに指すの?」など聞いてこられたり、適切に空気を入れたタイヤの硬さに驚かれたりする方が多かったです。
安い自転車は危険と言うことも、日頃から感じておられて同感される方も多かったです。
また、時には意気投合して「日本は人を大切にしてない!」などという話で盛り上がったりもしました。
それから、私は当日大阪駅まで、プジョーのパシフィック(BD-1にプジョーのブランドを付けた自転車)を電車に乗せて持って行って、大阪駅から会場まで走り、テントの前に置いていました。このパシフィックがかなりの人気で、簡単に折りたためること、小さくなって割と楽に電車に乗せられること、軽いことなどに驚かれていました。いい自転車ってどういうものなのか知っていただく機会になったのではないかと思います。
私自身は、いつも同じような活動をしている人たちと付き合っていることが多いため、どうしても仲間内だけの感覚で物を考えてしまいがちになります。
普通に自転車を使っている方々と話ができるいい機会になったと思います。
南米を旅していてひとつ印象に残ったことは、世界を自転車で旅している日本人は意外と多いということでした。
10ヶ月間の旅行中に会った日本人サイクリストだけで軽く10人は超えます。
中南米には日本人宿という、現地に住んでいる日本人が日本人だけを泊める宿が割と多くあります。そこへ行くとほぼいつも必ず日本人が何人か泊まっているのですが、たいてい他に一人くらいは自転車で旅をしている人がいました。
また、走っていてバッタリ出会ったことも何度かあります。
チリのビジャリカという町で偶然バッタリ出会った高島くんとはその後2ヶ月間いっしょに旅をしました。
これもチリのプエルトモンという町では、日本人で自転車で旅している人がなんと5人も集まってしまいました。
このときはもともと私は高島くんといっしょでした。また、プエルトモンは海産物が美味しいことで有名で、日本人に人気がある町です。町外れにアンヘルモという漁港があり、そこには海産物を食べさせてくれるレストランがたくさん集まっています。私と高島くんはプエルトモンにいる間ほぼ毎日そこに通っていたら、まずは友岡さんという北米、南米を自転車で縦断していた人にバッタリ出会い、翌日3人で行くと、夫婦で自転車で世界一周をしている瓢子(ひさご)夫妻にバッタリ出会ったのです(写真はそのときのもの)。地球の裏側の町で偶然これだけ集まったというのは、いかに日本人の自転車旅行者が多いかがわかります。
なお、瓢子さんの旦那さんの方は、その数年後、パリ郊外を走っていて車にはねられ、世界一周の志半ばで亡くなられました。瓢子さんのご冥福をお祈りします。
海外を自転車で旅するというと大冒険だと思われるかもしれませんが、実際やってみると自転車で国内を旅することとそれほど変わりません。国内自転車旅行と自転車以外でも海外旅行の経験があるなら、まったく問題なくできるでしょう。
世界を自転車で旅している旅行者は、ドイツ人、フランス人、日本人あたりが3大勢力だと思います。それくらい日本人の自転車旅行者というのは多いのです。
1992年、27歳の時にニュージーランドを自転車で走り、それから94年にはドイツ、チェコ、スロバキア、オーストリア、ハンガリーを、さらに95年には韓国を走りました。
そして、96年3月にそれまで勤めていた会社を辞め、1年弱くらい(結果的には10ヵ月)の期間の予定で南米に自転車旅行に行くことにしました。(写真:ペルーの砂漠を走る)
と言っても、もともとは旅行に行くために会社を辞めたのではなく、フリーランスとしてイラストやデザインの仕事を始めようと思ったからでした。「せっかく会社を辞めたのだから、これまでできなかった長期の自転車旅行に出かけよう。仕事を始めるのはそれからでも遅くない」と考え、簡単には行けないような所、南米かアフリカに出かけてみようと思いました。そして最終的には「グレートジャーニー」の関野吉晴さんの写真を見て、その自然の多彩さに憧れていた南米に行くことにしたのです。
旅行用の自転車として、それまではロードレーサーに乗っていたのですが、未舗装の道も多い南米を走るのはロードレーサーには無理です。そこで、海外を自転車で走る人のために多くのオーダー車を作られている京都の岩井商会で自転車をオーダーしました。
海外を走る人はランドナーやマウンテンバイクを使うことが多いのですが、私は背が180cmあるので、27インチホイールのクロスバイクをベースにしました。フレームはクロモリ製です。それにドロップハンドルや泥よけ、荷物が多く積めるように鉄製のキャリアを付け、ランドナー風クロスバイクと言っている自転車ができあがりました。フロントバッグやサイドバッグなども含めて25万円かかりました。
キャリアは一般に販売されているものはアルミ製が多いのですが、アルミは折れたときに溶接ができないので、長期の旅行には鉄製の方がいいそうです。実際南米旅行中に2度キャリアの溶接部分が折れて現地で溶接し直してもらいました。
まずは、慣らしのため日本国内を走ってみることにし、友人の結婚式があって東京に行ったときに自転車も持って行き、そのまま自転車で北上して青森まで走りました。実際走ってみると、壊れにくいように丈夫につくってある自転車なので予想以上に重く上り坂がつらかったため、元々前後両方にサイドバッグを付けていたのを少しでも軽くするため、前輪横のキャリアを外して後ろのパニアバッグだけにしました。後ろのバッグはかなり容量の大きなものだったので、前にバッグがなくても十分だったのです。
そして96年の6月24日に、ロサンゼルス、マイアミ経由でベネズエラのカラカスに出発しました。
旅行中の話はこちらに掲載しています。
http://www.seisai.com/fujimoto/
旅行から10年以上経った今でも、旅行中のことは1日単位でどこにいて何をしていたか思い出せるほど鮮明に覚えています。旅行中に覚えたスペイン語も、当時とほとんど変わらないくらい今でも話せます。
旅行をしたことが直接何かの役に立った訳ではありませんが、そこでの経験が今の私の考え方や行動のベースになっていると思います。自分にとって本当に大きな10ヶ月間でした。
私は自転車で走るときは、一部の例外の場所を除いて必ず車道の左側を走るようにしています。でもなぜそうなったのかと考えてみると、法律でそう決まっているからとか、社会的にそれが正しいと思うから、などではなく自分にとってそれが一番走りやすいから自然にそうなったのだという気がします。
大学時代に運転免許を取りに行くまで自転車はどこを走るべきかなんて考えたこともありませんでした。どこかで習った覚えもないし、周りの人もみんな車道も歩道も右も左も関係なしに走っていたわけですから、車道の左側を走るものだなんて知るよしもありませんでした。
教習所で習ってからも、やはり周りの人は誰も守っていませんから「車道の左側」だというのは単なる建前にすぎないと思い、やはり車道も歩道も右も左も関係なく走っていました。ただし、車道の逆走だけは本能的に「危険だ」と感じてしていなかったように思います。
ちゃんと車道の左側を走るようになったのは、自転車で旅行を始めてからです。
段差があったり人をよけながら走らなければならない歩道を使って、1日100キロというような距離を走るのは現実的ではありません。そこでなかば無意識のうちに車道の左側を走るようになりました。長距離をそれなりのスピードを出して走ろうとすると必然的にそうなるわけです。頭の片隅に「そういえば教習所ではそう習ったな」という記憶があったせいもあります。郊外に出ると歩道のある道は少ないので車道を走るようになり、それと同じ感覚で街中でも走るようになったというのもあります。
そういうわけで、自転車がクルマにとって代われるような距離を走れるようにするためには「車道を走るかまたは車道に準じた作りの自転車道を走る必要がある」と自らの体で感じています。
それから、今の自転車マナーの悪さについて、昔の自分のように「自転車はどこを走るべきかそもそも知らない」人が多いのではないかと思っています。
それを知る機会を提供するだけでも、ある程度の真面目な人はルールを守ることができるようになるのではないかと思います。
24歳のときに初めて長距離の自転車旅行を始めてから、連休がある度に自転車で旅行に出かけるようになりました。
国内をある程度走ると、海外も走ってみたくなります。
初めての海外自転車旅は27歳の時。比較的走りやすそうな国ということでニュージーランドにしました。
それまでにも友人と二人でカナダ、そして一人旅で中国には旅行していたのですが、やはり海外を自転車で走るとなると心と器材の準備が必要でした。
ニュージーランドはアウトドアが盛んでキャンプ場も国内のあちこちにあるらしいということなので、キャンプ用具を一式揃えました。
それまでの自転車旅はすべてユースホステルなどに泊まっていて、キャンプはしたことがなかったのです。
キャンプ用具を自転車に積むため、前輪の両側にサイドバッグを付けるためのキャリアを付けました。後輪の側につける方が一般的な気がしたのですが、「体重はほぼ後輪にかかるので、前に積んで加重を分散させた方がいい」という自転車屋さんのアドバイスに従いました。後で考えてみると前輪側に積むとハンドルが重くなるので、どちらも一長一短だと思います。
そして、ゴールデンウィークにむりやり有給休暇をくっつけて、約2週間の休みを取って出発しました。
コースは、ニュージーランド南端近くの町、インバーカーゴまで飛行機で飛び、そこから南島の中心都市、クライストチャーチまで自転車で走る予定でした。
ニュージーランドは、全体的に人が少なく自然がとても美しい国です。アウトドアスポーツが盛んで、アウトドア好きには天国のような所です。日本の春の時期に行ったので南半球は秋、あちらこちらで名前の分からない針葉樹が真っ黄色に色づいてきれいでした。
しかし、秋と言っても既にかなり寒く日本の12月くらいの気候で、一度キャンプをしたらあまりの寒さに十分寝られず、それ以降はユースホステルに泊まるか、キャンプ場に泊まるときはキャビン(小屋)を借りるようにしました。ニュージーランドのキャンプ場はどこも設備が整っていて快適でした。
インバーカーゴから、コバルトブルーの美しい湖、テカポ湖(写真)まで1週間以上かけて走り、テカポ湖畔のユースホステルを出てしばらく走っていたときのこと。変速しようとしたらうまく変わらず、レバーをガチャガチャいじっているといきなりチェーンが後輪のギアとスポークの間に挟まり自転車が急停止。よくよく見るとなんとディレイラーが折れてしまっていました。ディレイラーを交換しないことにはもう走れません。仕方がないのでテカポ湖のユースホステルまで歩いて戻り、もう一泊。旅の残りの日数も少なかったので、自転車は輪行バッグに入れ、バスで移動することにしました。その夜、テカポ湖は雪になり、朝起きてみたら周りの山は真っ白になっていました。バスを待っているときもかなりの雪。雪の中を自転車で走らずに済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれません。
ニュージーランドは、私がこれまで行った中でかなり気に入っている国のひとつです。トラブルもありましたが、かなり美しい自然を満喫できた旅でした。
9月12日に大阪で、「自転車文化タウンづくりの会 第1回研究会」が開かれたので行ってきました。
参加者は、ざっと見た感じ60名ほど。今回は自転車レーンや都市計画の話が中心で専門家向けの割合固い内容だったのですが、会場はほとんど満員の大盛況で、自転車への関心が高まっていることが改めて感じられました。
今回は「交通まちづくり学研究会」と合同の開催で、自転車好きの人よりも圧倒的に仕事で道路の設計などに係わっている方がほとんどで、いつもの自転車文化タウンづくりの会の集まりとはだいぶ顔ぶれが違っていました。
今回のメインは、自転車レーンについては国内第一人者だという、徳島大学の山中英生先生のお話。そして第2部として、自転車文化タウンづくりの会の代表でもある大阪大学の新田先生の、千里ニュータウン内の交通を自転車を中心としたものにしてはという提案でした。
山中先生のお話しでは、最近、国土交通省が全国で100ヵ所近くの自転車通行環境整備のモデル地区を指定して自転車レーンの整備が行われているが、自転車にとって走りやすい道というのがなかなか理解されず、現場は大議論、大混乱になっていることことでした。
そして、議論しているうちにどんどん訳のわからないものになっているものも多いとのこと。見せていただいた例でも、ちゃんと車道側に作られて走る方向も左側通行に指定されたすばらしいものもある反面、まだまだ歩道を区切って作ってあるものの方が多いです。また、走行方向が指定されていないものがほとんどです。自転車は左側通行というのはまだまだ理解が得られていないようです。
そして妙なものとしては、交差点手前に来ると自転車がとても曲がれないような急カーブで歩道と一緒になるもの、自転車レーンの入口も出口も急カーブしているので「誰がわざわざそんな入りにくいレーンに入るんだ」と思うようなもの、クルマと分離するため無骨な柵でガチガチに囲んだもの、うっかりするとペダルやハンドルを引っかけそうでかえって危険じゃないかと思います。またちゃんと車道側に自転車レーンが作られているのに、歩道も自転車通行可になっているもの等々、「いったい何考えてるんだ!」というものがあちこちで作られているようです。
でも、そうやっていろいろなものを試していくうちに、徐々に本当にいいものだけが残っていくだろうとのこと。税金の無駄使いじゃないかとも思えますが、どうもしかたがないようです。
そして、本当にいい自転車レーンを作るには自転車ユーザーが変なものにはちゃんと「変だ」と言っていくことが大事だそうです。
以前このブログでも書きましたが、私はこれまでに日本全都道府県と海外31ヵ国を自転車で走りました。
自転車での旅は私の人生を変えてしまったと思います。
私が自転車での旅を始めたのは就職して2年目の1989年、24歳の時です。同じように日本や世界各地を自転車で旅している人は、大学時代にサイクリング部などで自転車を始めた人が多いので、私の場合はだいぶ遅かったと言えるでしょう。
きっかけは、ただなんとなく「人がやらないことをしてみたい」と思っただけのことです。自転車なら高校、大学と自転車通学をしてきて多少自信がある。毎日一日中走っていてもたぶん平気だと思う。「よし、自転車で何日もかけて走るような旅をしてみよう」と思い、15万円のロードレーサーを買いました。
まずは、大阪から一泊二日で和歌山県の白浜まで行き、帰りは輪行で帰ってきました。
そして、ゴールデンウイークに途中の出勤日にも有給休暇を入れて合計9連休を取り、ひたすら東へ走りました。ただ東海道を走ったのではおもしろくなさそうなので、郡上八幡、高山と山の中を走り(写真は飛騨高山天照寺ユースホステルにて。左から3番目が私)、標高1672mの野麦峠を越え松本に。調子に乗って、旅の8日目は群馬県の尾瀬の入り口、戸倉から金精峠(1840m)を越えて日光、さらに会津若松、そして磐梯山の麓の磐梯友愛山荘ユースホステルまで220kmを走りました。ただし、ユース到着が夜の10時になってしまってずいぶん怒られましたが。今から考えるとかなり無茶をしたものです。
初めての本格的な自転車での旅は、しんどかったけれども毎日がドラマのようでした。
長良川沿いののどかな農村風景、どこまでも続く杉林。延々自転車を押して、「もう限界、これ以上走れない」と思いながら坂道を登った野麦峠や金精峠。雪の中、山を登りたどり着いた、まだ雪で一面真っ白だった尾瀬沼。自転車で自分の力で苦労してたどり着くから感動も何倍にもなります。
その年の夏には北海道を走りました。初めての北海道で、すべて自転車で走ったのでは行きたいところに十分行けないので、ところどころJRも使い、輪行しながら走りました。本当に毎日が楽しかったです。
この2つの旅をきっかけに自転車にはまり、まとまった休みの度に自転車でどこかにでかけるようになりました。
そしてさらに海外も走るようになり、1996年から97年にかけて10ヶ月間南米大陸を走ることになります。
このあたりのことも徐々にこのブログで書いていきたいと思います。
私が自転車好きになった原因のひとつとして、高校、大学の時に自転車通学をしていたことがあると思います。
高校1年のときは、通っていた高校まで歩いて行ける距離でした。ところが高校2年になったときに家を引っ越したのです。自宅からこれまで通り高校に通おうとすると、電車だと大阪市内を経由して1時間以上。バスでも直接行く便はないので乗り継いでやはり1時間以上かかります。ところが、自転車だと約5km。20分ちょっとで通える距離だったのです。今から考えるとたいした距離ではないのですが、そのころ周りにそんなに遠くから自転車で学校に通っている友だちはいませんでした。中学の頃からたまに自転車で1時間以上かけて大阪市内まで行くこともありましたから5kmというのが自転車で十分行ける距離だというのはわかっていました。でも、本当に毎日通えるのかと最初は少し不安だったのです。
長距離通学だからと親に5万円ほどのスポーツ車を買ってもらい、いざ通学を初めてみると別にたいした距離ではなかったですし、毎日適度な運動をするのがむしろ気持ちいいくらいでした。
周りの友だちは「よくそんな遠いところから自転車で通うものだ」といつも感心していましたが、私の感覚ではたいした距離ではなかったのです。自転車に対する感覚について周りの人とギャップを感じるようになったのはその頃が始まりだったのかもしれません。
大学も自転車で30分の距離だったので、当然のように自転車で通いました。
実際に通っていた時は、特に体力が付いているという感覚はなかったのですが、就職して最初の健康診断の時に肺活量の測定があり、数値は忘れましたがあまりの肺活量の大きさに驚かれました。小中学校の頃は体が弱くてしょっちゅう学校を休んでいたのに、気がついたら全然休むこともなくなっていました。知らず知らずのうちに自転車のおかげで体力が付いてきたのだと思います。
私は子供の頃からずっとスポーツが苦手で、今もやはり苦手なのですが、自転車で長距離走るのだけは自信があります。その自信をつけてくれたのが、この高校、大学時代の自転車通学だったと思います。
私が小学生の時、「デコチャリ」と言われる自転車のブームがありました。もっとも「デコチャリ」と言われるようになったのは最近のことで、当時はそんな言い方はせず「サイクリング車」と呼ばれていましたが。
当時ブームだったスーパーカーのまねをして、自転車にもリトラクタブルライト(普段は隠れていて使うときだけ開く、いわゆる隠しライト)や、リアの派手なフラッシャーなど全く役に立たない機能をごてごて付けた自転車がブームになり、男の子はみんなそれに憧れたものです。
私が、乗っていた自転車はデコチャリの中では割合おとなしい方で、ちょっと大きなライトが付いている程度でした。デコチャリは本来の自転車の性能を無視していますが、その頃は男の子はサイクリング車に乗ることが普通だったのです。子供用なのでそんなに上等なものではありませんが、一応5段変速程度は付いています。乗車姿勢もやや前屈みで、割合長距離も走れます。
子どもの頃、うちの母や周りの大人がママチャリでゆっくり走っているのを見て、「なんでみんなあんなにゆっくり走るんやろう。あんまりゆっくり走ったら余計にしんどいのに」といつも思っていました。ママチャリでは普通のスピードなのですが、サイクリング車からするとずいぶんゆっくりしたスピードですし、実際サイクリング車やスポーツ車というのはある程度スピードを出して走った方が楽なのです。
小学4年か5年生の頃に、友だち5人ほどで京都まで自転車で行ったことがあります。当時は大阪の寝屋川市に住んでいて京都までは片道約30kmほどでした。往復60km、子どもにとっては大冒険です。さらに小学生の頃の私は体が弱く体力がなかったので帰りは他の友だちからかなり遅れて走ることになってしまいました。でも、「京都に行こう」という話が出たときに「たぶん行けるだろう」と思えましたし、実際に問題なく行けたわけです。子どもならではの無鉄砲さもありましたが、もしママチャリに乗っていたらそもそも「京都まで行こう」などという発想は出てこなかったと思います。
子どもの私にとっても自転車というのは数十キロの距離を当たり前に走れるものだったわけです。
その後も今までに自分で持っていた自転車はすべてサイクリング車やスポーツ車でした。「ママチャリなんて遅くてとてもじゃないけど乗ってられない」とずっと思っていました。
今から考えると、子供時代からサイクリング車に乗っていたことが、自転車を好きになったことに繋がっているんじゃないかと思います。
前回、自転車の値段のことを書いたのでもう少し突っ込んでみましょう。
次の表は日本で販売されている自転車をJIS規格に基づいてテストしたものです。
単位:台数
|
年度
|
テスト台数
|
安全項目適合台数
|
主要不適合項目別台数
|
適合率(%)
|
| 平成12年 |
20
|
1
|
1
|
2
|
4
|
3
|
5.0
|
| 平成13年 |
40
|
3
|
9
|
8
|
18
|
15
|
7.5
|
| 平成14年 |
40
|
6
|
2
|
3
|
4
|
10
|
15.0
|
| 平成15年 |
50
|
8
|
10
|
9
|
10
|
29
|
16.0
|
| 平成16年 |
30
|
7
|
8
|
6
|
5
|
15
|
23.3
|
(注)JIS9301-1996及びJIS9401-1997に基づき、(財)自転車産業振興協会が実施
ちょっと古いデータですが、平成16年でもJIS規格への適合率は23.3%。なんと4分の1以下です。
JIS規格のテストというのは、例えば段差のある道を長い期間乗り続けたときと同じような状態を機械的に再現したものです。
でこぼこのあるベルトコンベアーの上に自転車を固定して延々コンベアを回し続けたり、床に車輪を何度もたたきつけたりして壊れないかテストするわけです。
上の表によると日本で販売されている自転車のうち4分の3は、走っている最中にいきなりフレームが折れたりする可能性があり、安全性に問題があるということなのです。
問題のある自転車のほとんどは、もちろん1万円以内の安い自転車です。
自転車業界でもこの問題は真剣に考えられていてBAAという安全基準が作られています。
本来ならこの基準に適合しない自転車は販売禁止にするべきなのですが、BAAは業界の自主基準なのでできません。結局問題のある自転車がほとんどを占めている状況に変わりはありませんが、安全な自転車を選ぶための基準にはなります。
BAAは、マウンテンバイクやロードレーサーは適用対象外ですし、海外のメーカーが加入していないという問題点がありスポーツ自転車を選ぶときの基準にはなりませんが、自転車を買うときに人一人一人が値段だけでなく安全性も考えないといけません。私はその基準がスポーツ自転車ならだいたい5万円以上だと思っています。
あなたが乗っている自転車はいくらで買いましたか? このサイトに来られる方はいい自転車に乗っていらっしゃる方が多いと思いますが、世間一般では自転車と言えば1万円前後のものだと思っている人がほとんどでしょう。
下の表を見てください。日本とヨーロッパの自転車の価格を比較したものです。
2004年自転車販売価格(円換算)1ユーロ=135円
| |
日本 |
ドイツ |
オランダ |
フランス |
イタリア |
| 全体の平均販売価格 |
11,038 |
46,035(341ユーロ) |
78,840(584ユーロ) |
32,670(242ユーロ) |
34,020(252ユーロ) |
出典 (財)自転車産業振興協会「自転車 生産動態・輸出入統計」平成17.6.14、「2004年ドイツ自転車市況−速報−」、「2004年オランダ自転車市況−速報−」、「2004年自転車販売統計」に基づき、古倉宗治氏の計算による
日本だけがダントツに自転車の価格が安いのがわかるでしょう。オランダに至ってはなんと平均価格約8万円です。
決して、ヨーロッパの自転車の価格が不当に高いわけではありません。私がヨーロッパの自転車店で見たところでは高いけれどちゃんと価格に見合った内容の自転車でした。
自転車に詳しい人に聞いてみると、自転車というのはそれなりのものを作ろうとすると7万円くらいになるそうです。それ以下のものは何かを犠牲にしてコストダウンしているわけです。
犠牲になっているものは、まずは走行性能、そして耐久性、さらに恐ろしいことには安全性です。そして中国等で生産されている低価格自転車では現地の人が非常に低賃金で、かつ塗装用の塗料をそのまま吸い込むような劣悪な条件で働かされています。
日本では、安い自転車が当たり前になっていて、ほとんどの人がそれしか知らずに「自転車というのはその程度のものだ」と思っています。いい自転車に乗ればもっと楽にスピードが出て長距離を走れるのに、それがわからなくなっているのです。
さらに1万円以下の安い自転車は、1年程度しか持ちません。私はかなりの自転車ヘビーユーザーですが、自転車を一度買えば10年は乗ります。結局いいものを長く使う方が経済的にも得なのです。
ヨーロッパの自転車が高いのは、いいものを大事に長く使う習慣ができていることと、生活に必要なものだからそれなりの性能を持ったいいものを買おうというのが当たり前になっているからでしょう。オランダでは自転車の平均寿命はなんと20年から30年だそうです。
日本人だって、クルマや電気製品を買うときは、値段だけではなくて性能や自分に必要な機能を持っているかなど考えて買うでしょう。自転車だって、ちゃんと性能や耐久性を考えて買うべきなのです。
自転車をイメージさせる言葉に「リンリン」というのがあります。自転車屋などにも時々使われていますね。
一見のどかなイメージがある言葉ですが、ぼくはこの言葉を聞くと非常に嫌な感じがします。
「リンリン」というのは、ベルの音です。ベルを使うのってどういう時でしょうか? そう、歩道で歩行者にどいてもらうときです。要するに「リンリン」というのは歩道で歩行者を押しのけて走る自転車のイメージなのです。
私は、自転車のベルは一切使いません。いつも車道を走っていますから歩行者はいませんし、クルマに対してベルを鳴らしても聞こえませんから無意味です。
歩道と車道が分かれていない道では歩行者と同じ所を走りますが、絶対にベルは鳴らしません。どうしても道を譲ってもらわなければならないときは「すいませんー」と声を掛けます。突然後ろからベルを鳴らされたらびっくりするでしょうし、不快だろうと思うからです。さらに歩行者を追い抜くときは十分にスピードを落とします。
また、自転車には法律でベルを付けることが義務づけられています。これも非常におかしなことです。法律で「ベルを鳴らして歩行者を押しのけて走りましょう」と決められているのと同じだからです。
自転車のイメージとして「リンリン」という言葉が使われない世の中になって欲しいと思っています。
前回書いたように、自転車マナーを向上させるには、まずそれを知る機会が必要です。学校で教えなければならないのは当然でしょうし、「その授業を受けないと自転車通学を認めない」というくらいは最低限必要でしょう。
自転車のルールは自動車教習所でも一応習いますが、これをもっと強調して教える必要があるでしょう。運転免許を取る前に教習課程で自転車に乗って幹線道路を走ってもらうというのも、クルマがどれほど自転車に取って脅威になっているかということを身をもって体験してもらういい機会になるでしょう。
警察もクルマやバイク並みに自転車も取り締るべきです。警察はこれまで自転車に対していい加減すぎだったと思います。二人乗りや飲酒運転に対する罰金の規定は自転車にも適用できるのですから、それを実際に使うべきです。
ただし、その前に現在パトロールのときに自転車で歩道を走っている警察官が車道を走るようにしなければなりません。今は警察官自体が自転車のルールを守っていないという最低の状態ですから。
また、今の道路交通法を始めとする自転車のルールは自転車は車道を走るのか歩道を走るのかというのがあいまいで、矛盾した内容がたくさんありますので、ルール自体も見直していく必要があるでしょう。これについては、このブログでこれまでにも交差点の問題など書いてきましたし、これからも書いていく予定です。
そして、もう一つ大事なことは、自転車が歩道を走っているということが自転車マナーを悪くする大きな原因になっているということです。歩道を走れば自転車は歩行者よりも強者です。ルールやマナーを守らなくても自分には被害は及びません。だからルールやマナーを守らなければならないという気持ちも湧いてきません。
どこかで見たアンケート結果に「自転車は歩行者の仲間か、クルマの仲間か?」と質問したら、6割の人が「歩行者」と答えたというのがありました。たしかにそんなもんでしょう。歩道を走るから自転車は歩行者の仲間だと思われ、歩行者なら右側でも左側でもいいし、二人並んで話しながらでも電話しながらでも問題ないわけです。結局歩道通行が自転車をそういう感覚のものにしてしまったのです。
自転車が車道を走れば否応なしにルールやマナーを守らなければならなくなります。そうしなければ自分が危険だからです。
そして、私たち一人一人の自転車乗りに何ができるかというと、まずは自分自身がルールやマナーを守って走ること。そしてかつ、かっこよく自転車を乗りこなし、ルールやマナーを守って走ることが格好いいんだということを周りの人に知ってもらうことでしょう。
また、ヨーロッパでは自転車のルールを守っていないとすぐに周りの人から怒られます。正直言って私自身もなかなかできないし、最近は注意されると逆ギレされることもあるので気をつけないといけないのですが、できるところからでもマナーを守らない人に注意していく必要があるでしょう。
「自転車のマナーがひどい」ということを良く言われます。たしかに、私が見ても最悪だと思います。歩道を爆走する、どこでも平気で停める、二人並んで話しながら、車道の逆走、電話しながら、果てはメールを打ちながらなど、「この人たちは事故を起こしたら痛い目にあうのは自分だと言うことを考えないんだろうか?」といつも思います。
街中を走っている自転車で、「自転車は車道を左側通行。ただし、標識のあるところは歩道を走ってもいいが歩行者優先で徐行」という道路交通法で決められたことを守って走っている自転車というのは一割にも満たないんじゃないかと思います。
自転車は「右側を走った方が安全」と信じている人が多いことにも驚かされます。だいぶ前の話ですが、京都でレンタサイクルをされている方から、「お客さんにいつもそのように説明している」と言われて絶句したこともあります。「右側を走った方が前から来るクルマとお互いがよく見えるから安全」だとのことです。本来それは歩行者が右側を歩くことの理由です。歩行者と自転車をいっしょくたに考えているのでしょう。私は車道の右側なんて恐ろしくて走れません。例えば自転車が仮に時速10kmで走っていて、クルマが時速30kmで走っているとします。同じ方向に走っていれば相対速度は20kmですが、反対方向に走っていれば40kmです。時速20kmでぶつかったときと40kmでぶつかったときの衝撃の違いは説明するまでもないでしょう。また、ぶつかりかけてよけるときの時間的余裕も倍違うわけです。実際はもっとお互いスピードが出ていることが多いでしょう。自転車が右側を走った方が安全ならバイクだって右側を走った方がいいはずです。
また、特にマナーがひどいのが中学高校生でしょう。でも、考えてみてください。自転車のルールやマナーを守らない人は、そもそも自転車のルールを知っているんだろうか? 自転車は右側を走った方がいいと信じている人が多いように、そもそも自転車はどう走れば安全か、他人の迷惑にならないか、と言うことを知らない人が多すぎるし、知らなければ当然守ることもできないわけです。今の自分の走り方に問題があるということすら考えられないわけです。けれども、知らない人が悪いわけじゃなくて、今の社会で知る機会自体がほとんどないことが問題なわけです。
「ルールを守らない、マナーがひどい」と言う前に、最低限のルールを知る機会を作ることが必要じゃないでしょうか?
次回はそのあたりをもっと詳しく書いていきます。
6月25日に京都市中京区、御池地下街の河原町広場で「自転車京都街角セッション」が開催されたので行ってきました。
このセッションにはコアメンバーとして11人(うち2人は夫婦で)の方が参加されており、1回目はほぼ全員が揃われていました。参加者一人一人のお名前はこちら(京都市の自転車京都街角セッションのページ)でご覧いただくとして、京都で自転車利用促進の活動を続けてこられた方や、自転車好きで有名な(株)はてなの近藤社長も参加(1回目は欠席)されています。
そして特筆すべき事は、このセッションが京都市の主催で、山崎副市長が進行役を務め、1回目は市長も見に来られていたということでしょう。京都市は自転車が使いやすい街の実現に向けて真剣に動き出そうとしています。
今回の議題提供は、京都市自転車政策課の方からの市の自転車政策についてのお話しと、立命館大学の学生の方からの路上駐輪解決についての提案でした。
正直言って、私のように自転車活用促進の活動を続けてきたものにとっては特に目新しい話はなかったのですが、ひとつ印象に残ったのは、京都大学の中川先生の「まず、人びとの中に無意識にあるクルマ中心の考え方を変えないといけない。例えば『道が狭いから歩道が作れない』というのはクルマ中心の考え方で、『道が狭いから車道が造れない』となってこそ歩行者中心になる」というお話しでした。まさにその通りだと思います。京都市自体が動き出してもやはり大部分の人たちには無意識のうちにクルマ中心の考え方が染みついていますので、それをどうやって変えていくかが今後の大きな課題だろうと思います。
京都市が本当に自転車が使いやすい街になるかどうかは市民一人一人の意識にかかっているでしょう。
iPhoneが日本でも発売されるということで、Appleがまた話題になっています。
私は、かれこれ17年間もメインのパソコンとしてMacを使っていますし、この自転車大好きマップの開発もすべてMacで行っています。
Apple社のCEO、スティーブ・ジョブズは1984年にMacを最初に発表したときに「Macは思考の自転車(Wheels for the Mind)だ」と言ったそうです。
以下、The Vintage Mac Museumのサイトより引用させていただきます。
『動物が、一定距離の移動に消費するエネルギーに順位づけをすると、最も移動効率の良い動物は鳥であると、ある学者がつきとめた。人間は残念ながらかなり下の方になる。ところが、その人間に自転車というひとつの道具を与えると一位になるという。道具を使って人間は力を増幅できる。
Macは、思考の自転車だ。
個人が不得手とすることをMacが肩代わりすることで、本来その人にとって困難であったことを可能にすること、それがAppleの目指す方向だ。その最先端の技術を活かす方向性は、個人の能力を増幅する道具になることで、日本のメーカーの作っている計算機のようなものではない。思考のための道具作りなのだ。』
また、スティーブ・ジョブズがApple社内でMacintoshプロジェクトに加わったときに最初にしようとしたことは、Macの名前を「自転車」に変えようとした事だそうです。残念ながらメンバーの反対にあって実現できませんでしたが。
そして、そのころ、自転車の後ろにMacを乗せて移動するイラストがよく使われていました。
Macは他のパソコンと違って、人間が使うときにどうすれば心地よく使えるかを第一に考えられたパソコンです。きっと私はMacに出会わなかったら、今のようにデザインを仕事にすることも無かっただろうし、家に居るときはほとんどパソコンを触っているような生活にはならなかったと思います。Macを使うことでパソコンは仕事のために使わなければならない道具から、使っていて楽しい、自分に取ってなくてはならない道具になったのです。
自転車と同じくそんなMacの心地よさを多くの人に味わってもらいたい、そしてパソコンとは本来どうあるべきかというのを多くの人に知ってもらいたいといつも思っています。